ゆるやか下降~のっそり上昇~

13年間引きこもりの場面緘黙当事者が日常をつづります。

最終電車

 終電が好きだ。

 

 

こう言うと、連日連夜終電帰りで、

毎日職場と家を往復するだけのような忙しい生活を送っている人からすれば、何たわけた事言っとるんだ、と思われるかも知れない。

 

 

でも私は、終電が好きだ。

私が終電に乗る日は、決まって姉の家に行った日の帰りだ。

終電ギリギリの時刻まで姉の家に呼び止められているので、

大体いつも終電で帰るハメになる。

ちなみに私は、姉の家が別に好きではない。

人ん家だから。居心地の良い人ん家なんか、存在するだろうか。

少なくとも私は知らない。どこも同じに緊張するし、気を遣う。

 

気疲れする姉の家から帰る電車の中。

同じようにくたびれた人がたくさん。

最後の駅に辿り着き(私の実家は、私の乗る電車の最後の駅だ)

寝ている人が居れば、駅員さんが起こしに来る。

何か、その感じが良いのだなぁ、と思う。

安心感、と言うか。

 

 

皆、同じに疲れていて、くだびれていて、労わり合っている。

駅員さんは、何が何でも降りてもらわないと困るから、

寝ている人が居たら全力で起こす。

私は終電で寝た事無いけれど、もし寝てしまってもきっと起こしに来てもらえるのだろうなぁと思う(甘え)

 

 

護られてる、と言う感覚が一番近いのだろうか。

眠る乗客を優しく揺り起こす駅員を見て、

「あぁ、護られてるな」と思う。

大人になって、同じ大人に、

「護られてる」と感じる事なんか、まず、無い。

この人は、絶対に自分の為にしてくれているのだと言う安心感。

それが感じられるから、

安心して寝こけられるのではないかと思う。

 

 

 

初めて終電に乗ったのは、10年前の夏だった。

東京。中学3年の夏、私は14歳だった。

あの時のあの情景。

目の前に座っていた、くたびれたOL風のお姉さん。

今でも、遠く焼き付いている記憶。

 

 

私は14歳、子供だった。

でも、自分を子供だとは思っていなかった。

 

 

 

あれから10年。

 

 

今も一人電車に乗るけど、私はあの頃から何か変わっただろうか。