ゆるやか下降~のっそり上昇~

13年間引きこもりの場面緘黙当事者が日常をつづります。

5月は場面緘黙症啓発月間です。

 

私は場面緘黙の当事者なワケで、その話をしようとこのブログを立ち上げようと至ったワケですが、今の所、全く書けておりませんね。すみません(自分に言っている)

私はネットですら緘黙気質なのか・・・と思うとひたすらヘコむのですが、まぁ仕方ない。自分に書ける範囲で、出来る範囲の事をやろうと思います。

ので、これからもちょくちょく、思い至ったら書くというスタイルでいこうと思っています。思わなかったら、何も書けない・・。

 

私個人の緘黙の症状の度合いと言うか、詳しい諸症状についてですが、大体以下の通りです。

 

・挨拶が出来ない(これがまず第一にして最大の関門。分厚い壁)

・店員との最低限のやり取り(「これ下さい」「袋いりません」等)は出来ますが、それ以上の会話(はい、いいえ以外で答えられないような質問の受け答えなど)は出来ません。

・身内以外との会話は一切出来ません(親戚、ご近所、オール無理)

・人の目が見れない(これは緘黙と言うより視線恐怖の症状ですが)

・極度の緊張状態(人から気軽に話しかけられる等)に陥ると、顔から表情が消え、身体が固まる。これを緘動状態と言う。

 

・・・大体こんな感じです。

やはり皆さん、そういうケースが多いようですが、私も昔の方が緘黙の状態はひどかったですね。小学生の時がピークでした。学校で、発表やスピーチ(はかろうじて、何とかこなしておりました)以外の時間では、一度も口を開いた記憶がありません。その頃が最も緘黙の症状は重かったです。そして、周囲の当たりもキツかった気がする。私の親、特に母親は立派な毒親(兄弟間で優劣をつけ、片方を可愛がり、もう片方を差別するタイプの)だったので、母親からは褒められまくって育ったのです(大問題です)が、狭い家の世界の中で地道に育んでいた自尊心も、外に出てみたら脆いもので、どれだけ親に認められようと褒められようと、学校や世間ではいとも容易くへし折られていた気がします。別に周囲が極悪人ばかりだったと言う事もありませんが、緘黙に対する理解は全く無かったと思われます。

私も、自分の「家では話せるのに、人前に出ると喋れなくなるやつ」に名前があるなんて思いもしませんでした。

私も親も、誰もが「単なる人見知り」「ちょっと内気なだけ」で片付けていたのです。それが緘黙における最大の問題点であると多くの人が言われていますが、私も当事者として、強くそう思います。

 

私は話す事が、嫌なワケでも、恥ずかしいワケでも、下らないと思っていたワケでもありません。ただ、ただ、声が出て来なかっただけなのです。口が回らなかっただけなのです。言葉を知らないワケでもありませんでした。私は人前で話せない上に緘動の症状もあったので(今は多少改善されました)、人から話しかけられると、よく無表情で固まっていました。周囲から見ればそれは「何で人が話しかけてるのに、何も言わずに突っ立ってるの?」と言う感じだったのでしょう。その事で人からはよく怒られました。その事を申し訳なく思いつつも、それを伝える術は無く、一人、また一人と自分から人が離れていく・・・。そういう事が、学生の間は繰り返し起こり続けていた気がします。

 

今は、その頃に比べたら大分改善されてる気はします。店員と話せるようになった事が相当大きい気がします。ですがやはり会話は出来ません。挨拶されても返せませんし、緘黙以外にも、視線恐怖や対人恐怖、色々あります。発達障害の診断も一応、されています。そういうワケで療育手帳も今現在取得しています。

 

緘黙について、詳しい説明は私がするまでもなく(逃)、既に色々な方々が詳しく説明して下さっているので、以下にリンクを張っておきます。

5月は緘黙の啓発月間です。普段全く緘黙の話を出来ないでいるので、今月は私も色々と出来たらな、と思っています。自分の話をしたいのです。聞いてもらえると嬉しいです。

 

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