ゆるやか下降~のっそり上昇~

13年間引きこもりの場面緘黙当事者が日常をつづります。

なんか思い出したこと

生前婆さんと喧嘩(大概罵られる)をしていた時。
差別用語での罵倒の他に、よく「お前の家だと思うなよ」とも脅されていた。
孫だから、仕方なく住まわせてやっているとのニュアンスだ。
うちは一体築何十年なのかさっぱり分からないが半世紀は過ぎているのは確実な古い一軒家なのだけど、祖母のその宣告(呪い)通り、「ここが自分の家である」という感覚が希薄に私は育った。

確かに生まれ育った家ではあるけど。
私にはずっと実感が無い。


単純に、あんまり好きじゃなかったというのも大きいのかな。古い、日本的な家屋(洋室が無い)私は幼少の折から洋風なもの(カントリーアンティーク)に焦がれておったし、同級生の素敵な家を訪れるにつれ、自分の家との違いに羨ましく思う事も、多々、あった。何より住んでいる人間がな。私には愛国心が無いけれど、家を愛せない理由はそれと同じなのだと思う。


昔。
やりたい事があったし、叶えられると思っていたいくつかの事があった。
その中のひとつ。最初の一歩であり、最大の関門であったのが、家を出て独り暮らしをする事…であった。これは、引きこもり出す前も、以降も、ずっと考えていた事で、私には叶って当然の目標であったと言える。本当に叶えられると思っていたからだ。

こんなところで終わりたくない、こんなところで死ぬわきゃいかない。
そしてこんなところで死ぬような人間じゃないと
私は確かに思っていた。


今。
一生ここに居続けるしかねぇのかなー、と思い始めている。ぼんやり。
13年、ずっと持ち続けていた「こんなところで終わりたくない」「終わるような人間じゃない」という、熱い気力のようなもの。なけなしの自尊心。
それが削がれて、削がれて、ついに無くなってしまったみたい。
生きていかれる気がしない。